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プロスペクトウォッチ:ジョナサン・ゴンザレス

スポーツ観戦において最も楽しみなことの一つは、自分がこれはと見定めた若者が成り上がっていくのを見守ることだ。まだ世間の多くの人々が知らない原石を発見することが出来れば彼がスターになった時にはちょっとした自慢話にもなるし、何より自分が嬉しくなる。たとえ実際には何もしていなくても「わしが育てた」ような気分にもなろうというものだ。

このプロスペクトウォッチでは、管理人が独断と偏見で選んだ一級品のホープを紹介していきたい。

 

一発目はプエルトリコのスーパーフライ級、21歳のジョナサン・”ボンバ”ゴンザレス。アマチュアでは世界ユース選手権を制覇し、シニアの中米カリブ選手権でも金を獲得。プロ転向後は11連勝10KO。こうした実績を見るだけでも期待の大きさがわかる。なおこの名前は中南米ではあまりにもありふれた名前であり、先日元王者セルゲイ・ジンジルクと引き分けた不敗のスーパーウェルター級ジョナサン・ゴンザレスも同姓同名ではあるがそちらには個人的に期待していない。

これが最新の試合の動画だ。


2012-10-19 Jonathan Gonzalez vs Danny Flores by sweetboxing5

相手は13勝1敗8KOと中々の戦績を誇るメキシカン。しかもこの試合では確信犯の3ポンドオーバーでなりふり構わず勝ちに来ていた。体格差は誰の目にも明らかだ。試合はそのフローレスが徹底してプレスを掛けていく。しかしゴンザレスは華麗なフットワークでそれを捌き、切れ味鋭いカウンターやコンビネーションを次々に打ち込んでいく。体格の違いを全く苦にしないばかりかスキルとスピードの違いを見せつけていくばかり。完全なワンサイドゲームとなった第6ラウンド、もはやここまでとレフェリーが試合を打ち切った。

 ゴンザレスの強みはやはりアマ戦績に裏打ちされた高度な技術だ。とにかく脚がよく動くし、しかもそれが逃げの脚にならず常に有効打を打ち込もうと自然体で構えている。一発でなぎ倒すような豪打の持ち主ではないが、シャープで的確なパンチを次々クリーンヒットさせるので容赦なくダメージを与え続けることが出来るタイプだ。タイミング次第では鮮やかなノックアウトも演出できる。

彼の滑らかなアウトボクシングを見ていると、同胞の大先輩イバン・カルデロンにも通じる完成度の高さを感じる。いわば攻撃的でパンチのあるカルデロンだ。打たせずに打つ。そして倒す。彼が目指しているのはそんな理想形のようなボクシングだろう。

では弱点は? 技術面ではほとんど穴らしきものは見当たらないが、相手のレベルが上がっていくまでは判断は早計だ。タフネスに関してもわからない。何しろ滅多に打たれないからだ。目下最大の弱みは骨格が小さいこと。現在はスーパーフライ級で戦っているが、はたして素の体格は井岡一翔より大きいのか? かなり怪しい。多階級を制覇するのではなく一つの階級に長く留まり君臨する、古き良きタイプのチャンピオンになっていくのかもしれない。

“ミラクルマン” ダニエル・ジェイコブス

NYのブルックリン、バークレイセンターでの四大世界戦、その前座として行われた五つの試合の四番目にその男は登場した。鍛えあげられた肉体と、それに似合わぬ優しい瞳。男は立ち上がりから切れ味鋭い動きで13勝1敗9KOの戦績を持つ対戦相手を翻弄し、右フックから続く左右のコンビで一気に試合を終わらせた。わずか一ラウンド73秒の即決劇。男は最初胸を張って勝利を誇示したが、すぐにマットに突っ伏し感極まった。

誰が信じるだろう。見事なパフォーマンスを見せたこの男が、ほんの一年半前ガンを患い二度とリングには戻れぬと宣告されたことを。

 

ダニエル・ジェイコブスは試合地と同じブルックリンに生まれ育ち、ボクサーとして花開いた。彼は2009年、ESPNが選ぶプロスペクト・オブ・ザ・イヤーに輝いた。そのハンドスピード、パンチングパワー、豊かなアマキャリアに裏打ちされた確かな技術は誰の目にも光って見えた。彼の将来は約束されていたはずだった。

2010年7月31日、彼に世界初挑戦の機会が訪れる。空位のWBOミドル級王座決定戦、相手は無敗のロシア人ドミトリー・ピログ。念願のこの舞台にて、彼はしかし哀しみを背負ってリングインする。試合が行われるまさに数日前、最愛の祖母がガンでこの世を去ったのだ。

「祖母は僕の全てだった。母さんとともに僕を育てた人だった。彼女は僕のことをとても心配していた。僕の試合はいつもビデオで見ていたんだ。僕が勝ったと知った後でね」

ダニーは悲哀を胸に抱いたまま戦い、敗れた。プロボクサーとして初の敗北、初のノックアウト負けを味わったダニーはその翌日、試合地ベガスから遠く離れた故郷ニューヨークで祖母の葬儀に参列していた。

 

ダニーは再起を誓った。名匠フレディー・ローチをチームに迎え、再起後二連勝を飾った。全ては再び軌道に乗ったはずだった。

再起二戦目をKOで飾った一ヶ月後、ダニーは車椅子の上にいた。原因さえもわからぬまま脚が麻痺していたのだ。更に数週後突然ダニーは昏倒し、病院へと運ばれた。下された診断は、脊髄ガンだった。「野球のボールより少し小さいぐらい」の腫瘍。「彼の中でエイリアンが育っているかのようだった」とダニーの恋人ナタリーが振り返る。「そいつは彼を殺そうとしていた」

2011年5月18日、腫瘍の摘出手術が行われた。6時間にも及ぶ手術の間ナタリーは片時も病院を離れなかった。すべてが終わりダニーのもとに駆け寄ったナタリーが見た物は、手術のための薬品投与により原型を留めないほどに腫れ上がった恋人の顔だった。二人は目を合わせ、泣いた。

 

「彼は術後の経過予定の遥か先を行ったのよ。医師たちは、彼は固形物は食べられないと言った。でも彼は手術の二時間後にはスープに入った野菜を食べていた。医師たちは、彼は大便を排泄することも出来ないと言った。でも彼はトイレに行きたいって言ったのよ。私は彼のことをこう呼び始めたの。“ミラクルマン”ってね。だけど医師たちは言った。彼は二度とかつてのようには歩けないし、ボクシングも出来ないって」

ダニーは何度も何度も嘆いた。「なぜ僕なんだ? なぜ今なんだ?」将来への不安にかき乱され孤独に苦しんだ夜もあった。それでもなお、リングに戻りたいという意思が彼を突き動かした。

 

ダニーの回復は驚異的だった。とうとう彼はボクサーとしての復帰の舞台を掴む。2012年10月5日、ダニーは記者会見の舞台の上で言葉をつまらせた。

「僕はずっとベッドの上に横たわってリングを恋しがっていた。ボクシングを、そのすべてを恋しがっていた。そして記者会見でナタリーの名前が出た時、僕は打ちのめされた。彼女が僕にしてくれたことを思い出した――僕に食事を与えてくれたこと、僕をバスルームに連れて行ってくれたこと。全ては覚えていない。なぜならあまりにも多すぎるからだ。僕は彼女にこう言った。『君もガンと戦ったんだよ』と。彼女なしに僕はここにいない。彼女は僕のスーパーウーマンなんだ」

 

ダニーの背中には5インチ(約13センチ)の手術跡が残っている。彼はそれをタトゥーで覆い隠そうとも思ったが、結局はやめた。なぜならそれは彼の戦いの傷跡だから。彼の帰還を世界に示す勲章だから。

「僕は昔、偉大なボクサーになりたいとばかり思っていた。今は違うんだ。そりゃあ勝ちたいさ。だけど僕の得た経験が他の誰かの人生を変えることができたら、それは何より素晴らしいことなんだ」

 

2012年10月20日、ダニエル・ジェイコブスは19ヶ月ぶりの復帰戦をKOで飾った。

 試合中、彼はピンク色のシューズを履いていた。ピンクはガン患者支援のシンボルカラーだ。そして試合後の記者会見で彼は自分のニックネームをかつての”ゴールデンチャイルド”から”ミラクルマン”に変えると宣言した。「僕はガン患者達の顔になりたいんだ。僕のような経験を持つ若いアスリートは滅多にいないだろう。でもこれは誰にでも起こりうることなんだ」

また今後のボクシングキャリアについても語っている。「誰か特定の相手と戦いたいとは思わない。ただリングに戻れたということが嬉しいんだ。大好きなことをやっているということが嬉しいんだ。急いで上を目指したりはしないよ。まずは体のサビを落とさないといけないからね」

 

彼の行く末に何が待っているのか、まだ誰も知らない。彼が倒したのは一介のローカルファイターに過ぎず、世界の頂は遥かに遠く高い。だけどガンさえも乗り越えてみせた“ミラクルマン”には、今度こそ無限の可能性が広がっているはずだ。

ビギニング・オブ・バークレイ・センター

バークレイセンターと言われても多くの人にはなんのことやらチンプンカンプンだろう。しかしこれからこの場所がボクシング界にとって非常に重要な場所になっていく事は間違いない。今年9月、ニューヨークはブルックリンにてオープンしたこの屋内競技場はNBAチームの一つブルックリン・ネッツの新本拠地にもなった大ハコだ。その収容人数は一万五千人を大きく超え、一般的なボクシングの試合会場としてはいささか過剰とも思えるサイズを持つ。しかしこの会場ではこの先、長い伝統を持つニューヨーク・ゴールデン・グローブ大会が毎年開催される。あの殿堂MSGからアマボクの歴史の一部でもあるイベントを引っ張ってきたのだ。しかもこの動きはそれだけでは終わらない。ボクシング界を代表するプロモーション会社の一つGBPとバークレイセンターとの提携が発表され、今後できるだけ頻繁にこの大会場でボクシングイベントが開催されるという運びになった。これはラスベガス一極集中を終わらせ全米各地でボクシングを根付かせようというGBPの大目標とピッタリ一致する。マイク・タイソンを筆頭に数多の名選手を世に送り出してきたブルックリンという地はまさにうってつけの場所なのだ。

しかしGBPに課されたハードルは高い。世界のどこを見渡しても、一万人以上の観客を集めるボクシング興行は非常に限られる。ましてや定期興行でこれほどの大ハコを用いるのはいささか無謀と思われても致し方無い。もし後楽園ホールが一万数千人規模の会場であれば殆どの試合はガラガラのスタンドをバックに行われることになるだろう。GBPは自身の本気を示すために、記念すべき一発目の興行に四大世界戦をぶつけてきたのだ。

 

その一戦目、ランドール・ベイリーvsデボン・アレキサンダーはクリーンヒットの少ない凡戦に終始してしまった。より責が重いのは一発狙いのみで異常なほど手数が少なかったベイリーにある。ベイリーのヒット数は全45発。これはジャブなどの軽いパンチを含めての数字だ。12ラウンド累計のヒット数が45発というのはコンピュボックス(ボクシングのパンチ数やヒット数を計測するコンピュータシステム)の27年の歴史の中で最少なのだという。ある意味記録的な試合となったわけだが、デボンはウェルター級における適応とコンディションの良さをきっちり証明することができた。新王者の予定は未定だが、この数時間前に英国で行われた挑戦者決定戦において英国のトッププロスペクトであるケール・ブルックが完璧な3RKO勝利を飾り指名挑戦者となった。アレキサンダーvsブルックならこの試合とは大違いの大変な盛り上がりが期待できるだろう。

 

二戦目、ハッサン・ンダム・ンジカムvsピーター・クイリンはこの日一番の熱いファイト。ファイト・オブ・ザ・イヤー候補とまではいかないにせよ、両者に拍手を送りたい素晴らしい打撃戦だった。クイリンが天性のレフトフックを軸に王者を倒すこと実に6度。6回ダウンという数字自体稀なのはもちろん、それだけ倒れまくってもなお最期まで逆転をかけ攻めぬいて観客をエキサイトさせたンジカムのハートにも脱帽だ。なにしろ手数だけなら勝者を完全に上回っていたのだから。クイリンには持って生まれたパンチ力と本能的なタイミングの良さがある。しかし更に上を目指すならばスタミナと細かな技術の向上は必須だろう。なおこの試合にはリマッチ契約があるとのことだが、WBOの規定によりダイレクトリマッチは不可。クイリンはまず他の相手との防衛戦を挟むことになる。今回は準備期間が短かったと語る前王者にはリマッチで逆襲を果たす自信があるようだ。あとどうでもいいけどクイリンは勝利者インタビューで俺をTwitterでフォローしてくれと猛アピールしていた。@KIDCHOCOLATEを夜露死苦!

 

三戦目、ポール・マリナッジvsパブロ・セサール・カノは、下の階級から上げてきたカノがウェイトオーバーの失態を演じたことでいきなりケチが付いてしまった。試合は体力を生かしプレスを掛けるカノに対しマリナッジがジャブを中心にヒット数で対抗するが、止め切れない。11ラウンドにはダウンをもらったマリナッジがややラッキーな判定を得て命拾いするはめになった。マリナッジの次戦はかつて敗れたリッキー・ハットンとのリマッチになる可能性があるという。そのハットンは11月24日に待望の復帰戦を行う。この試合の結果と内容いかんでは一気に話が進むかもしれない。

 

四戦目にしてメインイベント、ダニー・ガルシアvsエリック・モラレスはこの四大戦唯一の、そして鮮やかなKO決着となった。直前になってモラレスがドーピング違反を犯した、いやセーフだというゴタゴタの果てに強引に挙行されたこの一戦、老雄エル・テリブレの衰えはやはり隠せない。迎えた第四ラウンド、溜めをたっぷり効かせたガルシアのレフトフックが炸裂するとモラレスは半回転してロープに吹っ飛びカウントアウト。ガルシアがそんなに優れた選手だとは正直思ったことがないのだが、カーン戦に続いてこのパフォーマンスを見せられては実力を認めざるをえない。とはいえ今回の相手はあくまで老兵。真価が問われるのは暫定王者ルーカス・マティセーとの激突が実現した時であろう。

モラレスは故郷ティファナで引退試合を行いフィナーレを飾る以降なのだという。いかんせんボクサーの、特にメキシカンの引退ほど当てにならないものはないのだが、ここらが潮時だとは誰もが思うことだろう。ありがとうエル・テリブレ。お疲れ様でした。

 

さて今回のバークレイセンターデビューイベントは成功だったのだろうか。試合前のゴタゴタあり、大凡戦あり、大熱戦あり、鮮烈KOありとてんこ盛りの内容でとにかく印象に残ったのは事実だ。観客動員も一万一千人と初回としては上出来だが、相当数のタダ券がバラ撒かれたとも聞く。今後このイベントをこの地に根付かせたいのなら、強力でタイムリーなカードの提供、地元スターの育成、地元メディアや住人を巻き込んだ地道な広報活動などやるべきことは山ほどある。

なにはともあれ非常に意義深いこの試み、ぜひ息の長い成功を収めて欲しい。GBPの奮闘に期待したい。

西岡利晃、閃光に散る

日本中のボクオタをオープニングベルだけで至福に導いた西岡利晃ノニト・ドネアとの頂上決戦は、ドネアの圧勝に終わった。率直に言って西岡の良さは全く出せなかったと言って良い。もちろん西岡の闘志、頑張りは最大限讃えられるべきだが、勝機と呼びうるものは皆無だった。

一体何がこの結果を生んだのか? 西岡のブランクか、年齢か、はたまた戦術ミスか。

どれも違う。西岡に敗因と呼べるものはなかった。あるとすればただひとつ、ドネアが強すぎた。それだけである。

少なくとも序盤、ドネアの高速コンビを巧みにブロックする西岡の動きはキレていた。脚も体もよく動けていたしパンチにも力があった。今日の西岡はジョニゴン戦、ラファマル戦より弱かったのか。神のみぞ知る話だが、そう決めつけることができるような根拠は何もない。ドネアのほうが、優れていた。

 

ではフィリピンの閃光ことノニト・ドネアの何がそんなに特別なのか。彼の強さを語る時必ず引き合いに出されるのは左フックとスピードだ。ダルチニャンやモンティエルを粉砕した現役最高峰の左フックは彼の代名詞だし、スピードに関してはどんな素人でもひと目見れば瞭然だ。しかしドネアはただ速くてフックが強いだけの選手ではもちろんない。そのような相手であればどこかで西岡のモンスターレフトが炸裂して終わっていたはずだ。

まずスピード。踏み込みの速い選手、パンチの速い選手は数多くいるが、ドネアはバックステップもサイドステップもボディワークも反射神経も状況判断も全てが抜群に速い。だから自分が打ちたい時に打って、相手が打とうとした時にはもうその場にはいないということが簡単にできる。あるいはそうしたヒットアンドアウェイではなく、相手の動きの出鼻を叩いて崩すこともできる。そうやって相手のやることなすことを先に潰していくことで相手の攻め手を消していく。スタイルの見た目は違えどメイウェザー、ウォードらと同質の超天才だ。彼らとの違いはドネアがリスクを犯して相手をKOすることに強い喜びを覚えるある種のスリル愛好家であり、それを実現するだけの一発があるということだ。(メイもウォードも実際には強打を持つが、自分にとっても危険なタイミングで強振したりはしない)

左フック。ドネアの最大の武器は間違いなくそれだが、彼にはそれだけに頼らないパンチの多彩さがある。左フックを警戒すればボディ、右ストレート、アッパーそしてなんだかわからない意味不明な角度のパンチが飛んでくる。そこまではわかっていてもいつどこから来るのかはわからない。このドネア相手に受け手に回ればまず勝ち目はない。残念ながら西岡はこの罠にはまった。かといって攻めに徹すれば勝てたかというと無論それも厳しい。彼には閃光と称するにふさわしいカウンターがある。攻めて良し、攻められて良し。あまりに高い頂きだ。

 

ではドネアに弱点はあるのか。あえて言うなら今や常態化した拳の負傷だろう。打たれても打たれても攻め続け、後半ドネアが拳を痛め集中力を切らしてきたところでビッグパンチをねじ込み一気呵成の連打で試合を終わらせることができれば。つまりはリオスやマイダナのような凶漢ならあるいは……? 言うまでもなくこれは言うは易し行うは超難しの典型のようなやり方だ。ていうかほとんどギャンブルである。かつてラファエル・コンセプションは4ポンド半オーバーという愚行を犯してまでこれを実行しようとしたが、そこそこポイント差を詰めるのが精一杯だった。Sバンタム近辺でこの博打を打てる男といえば……ア、アルセ? いやまさかそんな……え? アラムがマジで組もうとしてるって?

それ以外のパターンだとリゴンドー、ガンボアというもう一極の天才が毒針のような一発で終止符を打つという可能性。これはもう論理ではなくどちらがよりリングの神様に愛されているかの勝負になる。神話の世界だ。ただし待望されているドネアvsリゴンドーは恐らく西岡戦以上にタクティカルで難解な攻防になるものと思われる。チケットを売るためにはセミでリオスvsマティセーでも組むしかないだろう。

 

西岡は頂点に挑み、敗れた。この試合は完敗だったが、しかし彼が築き上げたキャリアの輝きが色褪せることはない。あそこは素晴らしい舞台だった。西岡利晃はそこにふさわしい男だった。引退かどうかは本人が決めることだ。だからあくまでこの試合に対してのみこの言葉を贈る。

ありがとう、そしてお疲れ様でした。

ロサド、コヴァレフ、ロメロ……駆け上がる者達

ビッグウィークだった先週末とは違い今週は目玉ファイトは不在。その中でもピリリと辛い好パフォーマンスを見せた若者たちがいた。100%世界を獲るスター候補とまではいかずとも、こうした活きの良い若手が増えることはこのビジネスにおいて最も楽しみなことの一つだ。

 

ガブリエル・ロサドvsチャールズ・ウィテカー

26歳のロサドは20勝5敗12KO。38歳のウィテカーは38勝12敗2分23KO。テレビファイトのメインイベントで二人合わせて17敗というのは稀なケースだ。しかしだからといってこの試合のレベルが低いわけではない。ロサドはここまで6連勝4KO中で、セクー・パウウェルやヘスス・ソトカラスといった難敵を倒して急速に評価を上げてきた叩き上げの新鋭。ウィテカーにいたっては8年間無敗で14連勝の果てにこの舞台に上がってきた大ベテランなのだ。勝てばIBFスーパーウェルター級指名挑戦権が手に入るというこの重要な一戦を制したのは地元ペンシルバニアの若武者の方だった。

ロサドは動きが機敏でダイナミック、それでいて積極的に攻める上に力強い。テレビが喜ぶ典型的なスタイルの持ち主だ。長い腕を生かしたロングパンチで攻めたいウィテカーをグイグイロープに詰め連打を叩きつけていく。ウィテカーの良い場面も時々見られたが、攻撃のボリュームに大きな差があった。ハイライトは第五ラウンド、ロサドの右でウィテカーが吹っ飛んでダウン。立ち上がったベテランを仕留めるべくパンチをまとめようとしたロサドだが起死回生の左フックを喰らい逆によろめく……という見応えたっぷりの攻防が展開された。

後半に入ると両者の体力、勢いの違いがますますあらわになっていく。執念で抵抗し続けた老兵だが、10ラウンドに力尽きたように崩れ落ちストップが宣告された。ロサドにとっては難敵相手に会心の勝利であり、これで噂されるK9・バンドレイジvsアンドレ・ベルト戦の勝者への挑戦権を得た。世界獲りなるかどうかはわからないが、ロサドの機敏かつ攻撃的なスタイルは必ず観客を楽しませてくれるはずだ。あるいはIBFではなくカネロ・アルバレスに挑んでもスリリングな攻防が期待できるだろう。ちなみに一番の穴王者WBOのベイサングロフかと思われる。

いずれにせよどんどん強くなるロサドの今後には要注目だ。

 

セルゲイ・コヴァレフvsライオネル・トンプソン

元々はコヴァレフvs元王者ガブリエル・カンピーリョだったこのカード、カンピーリョの負傷欠場で急遽トンプソンが代打出場することとなった。トンプソンは割と戦績の良い選手であり、代役としてはまあまあ良い相手と言えるだろう。一方のコヴァロフは18勝16KOを誇るロシアのハードヒッター。一体どんな力を見せてくれるのか。

まず驚いたのはコヴァレフのデカさ。本当に同じ階級なのか? 身長も厚みも明らかに違うぞ。試合が始まると、実力面でも体格と同じぐらいの差があることが即座に明らかに。トンプソン、押されまくりの打たれまくり。2ラウンド後半に凄い右が撃ち落され豪快にダウン。ラウンド終了直前にもう一度ダウン。3ラウンド、開始早々襲いかかったコヴァレフがあっさり三度目のダウンを奪いストップを呼び込んだ。

とにかく力の差が凄まじかったので未知な面もたくさんあるが、この強打は間違いなく「買い」である。カンピーリョとの対戦が再び組まれれば、コヴァレフの恐ろしさが知れ渡ったぶん更に楽しみなカードになると言えるだろう。

 

ジョナサン・ロメロvsエフライン・エスキヴィアス

IBFスーパーバンタム級2位決定戦と銘打たれたこの試合。北京五輪にも出場したコロンビアの全勝ホープロメロは二度目のSHOTIME登場。エスキヴィアスは元王者リコ・ラモスに善戦の末破れてからの再起戦だ。

試合が始まってすぐロメロの豊かな才能が目を楽しませる。スラリと長い手足にバネのある動き、スピード感溢れる多彩なコンビネーション、カウンターとディフェンスの確かな技術。そして長いリーチを持ちながら接近戦でもシャープなパンチを打ち込めるという点でも凡百のボクサーとは明らかに違う。序盤からロメロが大量のクリーンヒットを奪い、決着は早そうだと思われた。

しかしエスキヴィアスの本領はここからだった。とにかくタフなのだ。そして前進が止まらない。打たれても打たれても前に出続けパンチを振るう。また打たれる。そしてまた前進……。棒立ちで次々にビッグショットをもらい、いくらなんでももう限界では……と思わせたところからまた反撃。とうとう12ラウンドを闘い抜いてしまった。ほとんどゾンビみたいな男である。判定は見るまでもなくロメロがほぼフルマークで大勝。しかしエスキヴィアスにはまたきっと出番があるはずだ。

ロメロはコロンビアにありがちなパンチ力だけの荒いファイターではない。高度に洗練されたテクニカルなファイターだ。リーチを活かしたロングレンジでポイントを奪うだけでなく、接近戦でも見応えのある攻防を展開することができる。異常なタフネスを見せたエスキヴィアスに最後まで力のこもったコンビネーションを打ち込み続けたスタミナと闘争心も買いである。

現在のIBF王者はあのノニト・ドネア。さすがに次ドネアというのはキツイし、そもそも試合の実現自体難しいだろうが、もう少しキャリアを積めば、そして今回試されていないアゴの強さが充分ならばこの階級のトップクラスに君臨できうるだけの可能性はある。恐らくドネア西岡リゴンドーといった現トップに挑むのではなく、彼らが引退なり階級アップなりした跡を継ぐような形になるだろうが。

週末ファイトまとめ ~日本よ、これがマイダナだ~

先週末はミドル級メガファイト以外にも注目試合が多すぎて捌き切れないほどだった。幾つかピックアップしてみる。

 

レオ・サンタクルスvsエリック・モレル

サンタクルスはブリ・マリンガとの決定戦を制しIBFバンタム級新王者についてこれが初防衛戦。モレルは前戦Sバンタムでアブネル・マレスに判定負けし、バンタムに戻してこの試合に臨んだ。

さて試合は24歳になったばかりの若き王者サンタクルスのワンマンショーとなった。モレルは全盛期ではないにせよ、序盤のパンチのキレを見る限りまだまだ力のある選手。それをノンストップの攻勢で完全にねじ伏せてみせたのだ。あの膨大な数の ボディショットの痛そうなこと!見てるだけで血尿が出そう。連打型でありながら漫然と手を出すのでなく角度、コンビのバリエが多彩で観ていて面白い。今回、パワーショットの的中率が66%に達した(コンピュボックス調べ)ことからもただならぬ資質を感じさせる。

アンセルモ・モレノがマレス挑戦後もSバンタムに留まるのならこのサンタクルスと山中が暫定2トップと見なされるはず。バンタム級は他にも若い有力選手が多く、世代交代の真っ最中。来年は激動の年になるだろう。

 

マルコス・マイダナvsヘスス・ソトカラス

ご存知アルゼンチンの殴り屋マイダナと、強豪相手に奮闘しながら存在感を保ち続ける激闘屋ソトカラス。火花散るようなどつきあいが約束されたかのようなカードははたしてその通りの展開となった。

立ち上がり、まずはマイダナのジャブの多さが目に付く。新トレーナーのロベルト・ガルシアが基本技術を徹底的にし込み直したらしく、この日のマイダナはディフェンス面でも進歩を見せていた。しかしそうは言ってもやはりマイダナ。その真骨頂はドツキ合いだ。殴る。殴る。殴られる。両者終始エキサイトしっぱなし。会場も沸きっぱなし。そして両者ラフファイトのため減点!

6ラウンド、体格差に押されたマイダナがクリンチを連発し苦戦を印象付ける。7ラウンドにはローブローにより減点追加。誰もが先行きを案じたその次の瞬間、それは起こった! ジャブジャブで追い立て右ストレートの一撃! 吹っ飛ぶソトカラス! 完璧なノックダウン!! 直後にゴング!!

8ラウンド、もはやソトカラスに力は残されていなかった。再三マイダナの強打に頭を跳ね上げ、見かねたケニー・ベイレスレフェリーがついにストップ。死闘に幕が降ろされた。

なんとも ド派手な試合だった。いくら技術を身に着けてもマイダナはマイダナだ。日本よ、これがマイダナだ!

この先もウェルター級では誰とやっても苦しい戦いになるだろう。やはりサイズのハンデは拭えない。しかしマイダナがいるところそこには必ず激闘がある。次戦はマリナッジかゲレーロという可能性が出ているようだ。楽しみに待ちたい。

 

サウル・アルバレスvsホセシト・ロペス

本来カネロと戦うはずだったパニッシャーことポール・ウィリアムスがリングサイドで見守る中試合が始まった。ロペスは恐れを知らない好ファイターだが、本来は階級が下の選手。腹が緩い。圧勝を義務付けられたカネロはその責任にきっちり応えてみせた。

小さい選手が相手である以上どんなパフォーマンスを見せても参考にならないという声はあろう。確かに一理あるが、この日のカネロの強さはそれだけで切って捨てるには惜しすぎるものだった。なんという力感、安定感、ハンドスピード、切れ味であろうか。三度のダウンを奪った一連のコンビのなんと見事なことか。こんな動きは一流にしか出来ない。たとえ四回戦ボーイが相手でもこの動きは普通出来ない。強い。

ロペスは泣けてくるほどよく健闘したが、最後は半ば打ち切られるようにレフェリーストップ。今後の彼の人生を考えればやむを得ない判断だ。とにかく付け入る隙が全くなかった。

これで5度目の防衛を飾ったカネロにもはや並の相手とやらせる必要は感じられない。本人はメイウェザー、コットとの対戦を熱望しているが、たとえそれが叶わなかったとしても本人とファンを納得させるだけの相手を連れてくる義務がゴールデンボーイ・プロモーションにはあるだろう。もうロートルや小さい相手はいらない。

それにしても恐ろしい逸材だ。この男まだ22歳なのだ。22歳といえば多くのプロスペクトと呼ばれる好素材でもまだローカルファイトで星を稼ぐ段階。もしくはアマチュアで場数を踏んでいる段階だ。プロのこの大舞台で世界タイトルの防衛戦を行い相手が弱いとなじられる22歳など滅多にいるものではない。

カネロにとって最も責任のある相手は指名挑戦者決定戦であるララvsマルティロシャンの勝者だ。少し前ならこの二人がカネロとやればメキシコのニューヒーローが潰されると言われていたが、もはや蓋を開けてみなければ何が起こるかわからない。2013年、ひょっとしたらこの若武者がこの世界の主役の座を奪う可能性もある。

 

 

他にもジョニゴンvsデレオンとか我らがリゴンドーとかあったけど、キリがないので今日はこの辺で……

ドラマは最後に待っていた

圧倒的注目度を集めたWBCミドル級タイトルマッチ。かかっているベルトは問題ではなく、両者のネームバリューと積み重ねられた因縁が近年稀に見るほどの話題を読んだ。両者とも相手への鬱憤と敵意を隠そうともしない。「スポーツマンシップ」という美しい言葉を棚上げし、「倒し合い」というボクシングの原点に立ち返るような、ある種異様な雰囲気がそこにはあった。メヒカーノとアルヘンティーノで埋め尽くされたトーマスマックセンターは歴代最高の入り。会場ごと震えるような大歓声に包まれ、今年最大の試合が幕を開けた。

 

試合は序盤からセルヒオ・マルチネスがポイントを重ねた。華麗でスピーディな打ち回し、相手に的を絞らせない職人的フットワーク。大方の予想通りの立ち上がりとなったが、フリオ・セサール・チャベスJr.のディフェンスも思ったより良い。時折ロープやコーナーに詰め重いパンチを見舞う場面も作る。はたして37才マルチネスのスタミナはどうなのか? だがそんな心配は無用とばかりにマルチネスが尻上がりに調子を上げていく。チャベスの強打は単発でポイントを得るには至らない。ついにはチャベスが鼻血を吹き出し明白に動きを鈍らせる。

もはや大勢は決した。11Rにはチャベスの重いコンビが打ち込まれたがセルヒオは即座に連打で応戦し流れを渡さない。最終ラウンド、もはや残すはアルゼンチンの英雄のウイニングランのみ。

だが。

しかし。

ドラマはここで待っていた。

チャベスの右の一発。歴戦の雄がよろめき、ロープに後退する。そこで打ち込まれた左フックが致命傷となった。体を失ったマルチネスは、更に左をフォローされ勢い良く倒れる。完全なノックダウン。効いている。尋常でなく効いている。

この瞬間トーマスマックセンターは会場ごと吹き飛ばんとばかりに沸騰した。なんとか立ち上がり続行に応じるセルヒオだが、残り時間は軽く一分以上。長い。ここで名誉王者はあろうことかクリンチなどによる逃げ切りではなく打ち合いを選択したのだ。まさに男の中の男。類まれなる闘志。

だがこの時点で残っている体力には歴然とした差があった。チャベスの猛攻を受け再びマルチネスが地面に転がる。判定はスリップだが、止められてもおかしくないほどのダメージが見て取れる。ここでもあくまで反撃しようとし続けたセルヒオの闘志はどれほどのものなのか。ついに彼は試合終了のゴングまで耐え抜き、大差の判定で勝利を得た。

 

あまりにも劇的な最終ラウンドだった。もし逆転KOが実現していれば、22年前チャベス父がメルドリック・テイラーをラスト2秒でストップした試合に並び称されるボクシング史上屈指の大逆転劇として歴史に刻まれていただろう。

もしあと一ラウンドあればセルヒオの逃げ切りは不可能だったと思われる。彼は最初のダウンで右膝を痛めていたのだ。しかしこれは十二回戦。決定機が遅すぎたのも含めてこれが現時点でのチャベスの実力だ。マルチネスのほうが、優れていた。

 

では最終回のドラマは単なる「ラッキーパンチ」によるものだったのだろうか? セルヒオの油断と偶然とが重なって、圧倒的格下に危うくやられそうだったというだけの話だったのだろうか? そのような声も多いが、僕はそうは思わない。

なぜなら最初からこのような逆転がチャベス陣営の描いたプランだったからだ。ポイントの取り合いを捨て、ボディーで痛めつけ、後半の失速につけ込みKOする。誰もが彼はそれを狙うとわかっていたし、実際にそうした。事実チャベスの強打は序盤からしばしばマルチネスの急所を捉え、マルチネスは普段以上にスタミナを消耗し顔を腫れさせ出血もした。それを不利と感じさせないほど巧みに立ち回り優位を保ち続けたのはセルヒオが超一流だからだが、表面上の華麗さとは裏腹に彼もまた必死だったのだ。最終回、わずか数発のクリーンヒットで絶大なダメージを受けてしまったのはそれだけ体力を消耗していたからであり、そうさせたのはチャベスだ。

チャベスは強い。技術的に拙くとも体全体に馬力、圧力がみなぎっていてそのパンチは重く芯に響く。失速したと思ったらまた息を吹き返す謎めいたスタミナと理不尽なまでのタフネス。パッと見の冴えない印象とは裏腹にとてつもなく厄介なファイターだ。

だがその上でマルチネスは勝利をもぎ取った。とことん偉大な男だ。心技体全てが最高のレベルで揃っていてケチのつけようがない。結果的にも内容的にも、セルヒオ・マルチネスの勝利に疑いの余地はない。

ただしボクシングは倒し合いとポイントゲームの二重構造であり、かつ倒し合いがより上位に来る仕組みになっている。早い話が12ラウンド中11.5ラウンドを支配していてもラスト0.5ラウンドでKOされれば全てパアという理不尽な世界だ。チャベスがやったことは単に最終回にちょっと見せ場を作ったというだけのあだ花ではない。ここは強調しておく必要がある。ともかく素晴らしい試合だった。

 

さてリマッチはあるのだろうか。この試合の商業的価値を思えば、あると考えるほうが自然だろう。ただダイレクトリマッチだとまたセルヒオの優位は動かないし、時間的にもやや可能性が低いのではと感じる。セルヒオは右膝の負傷に関して手術を受ける必要があるらしく、リング復帰はしばらく先になるからだ。

チャベス陣営としてはそれを待つより先に一戦挟んだほうがいろんな意味でいいだろう。その出来如何ではオッズがさらに接近する可能性もある。マルチネスに似たサウスポーが見つかればベストだが、負けてかえって商品価値を上げた今のチャベスなら誰とやっても大興行が打てる。

この試合最大の勝者は我々ファン、そしてこれによって大きく潤うボクシング業界なのかもしれない。