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“ミラクルマン” ダニエル・ジェイコブス

NYのブルックリン、バークレイセンターでの四大世界戦、その前座として行われた五つの試合の四番目にその男は登場した。鍛えあげられた肉体と、それに似合わぬ優しい瞳。男は立ち上がりから切れ味鋭い動きで13勝1敗9KOの戦績を持つ対戦相手を翻弄し、右フックから続く左右のコンビで一気に試合を終わらせた。わずか一ラウンド73秒の即決劇。男は最初胸を張って勝利を誇示したが、すぐにマットに突っ伏し感極まった。

誰が信じるだろう。見事なパフォーマンスを見せたこの男が、ほんの一年半前ガンを患い二度とリングには戻れぬと宣告されたことを。

 

ダニエル・ジェイコブスは試合地と同じブルックリンに生まれ育ち、ボクサーとして花開いた。彼は2009年、ESPNが選ぶプロスペクト・オブ・ザ・イヤーに輝いた。そのハンドスピード、パンチングパワー、豊かなアマキャリアに裏打ちされた確かな技術は誰の目にも光って見えた。彼の将来は約束されていたはずだった。

2010年7月31日、彼に世界初挑戦の機会が訪れる。空位のWBOミドル級王座決定戦、相手は無敗のロシア人ドミトリー・ピログ。念願のこの舞台にて、彼はしかし哀しみを背負ってリングインする。試合が行われるまさに数日前、最愛の祖母がガンでこの世を去ったのだ。

「祖母は僕の全てだった。母さんとともに僕を育てた人だった。彼女は僕のことをとても心配していた。僕の試合はいつもビデオで見ていたんだ。僕が勝ったと知った後でね」

ダニーは悲哀を胸に抱いたまま戦い、敗れた。プロボクサーとして初の敗北、初のノックアウト負けを味わったダニーはその翌日、試合地ベガスから遠く離れた故郷ニューヨークで祖母の葬儀に参列していた。

 

ダニーは再起を誓った。名匠フレディー・ローチをチームに迎え、再起後二連勝を飾った。全ては再び軌道に乗ったはずだった。

再起二戦目をKOで飾った一ヶ月後、ダニーは車椅子の上にいた。原因さえもわからぬまま脚が麻痺していたのだ。更に数週後突然ダニーは昏倒し、病院へと運ばれた。下された診断は、脊髄ガンだった。「野球のボールより少し小さいぐらい」の腫瘍。「彼の中でエイリアンが育っているかのようだった」とダニーの恋人ナタリーが振り返る。「そいつは彼を殺そうとしていた」

2011年5月18日、腫瘍の摘出手術が行われた。6時間にも及ぶ手術の間ナタリーは片時も病院を離れなかった。すべてが終わりダニーのもとに駆け寄ったナタリーが見た物は、手術のための薬品投与により原型を留めないほどに腫れ上がった恋人の顔だった。二人は目を合わせ、泣いた。

 

「彼は術後の経過予定の遥か先を行ったのよ。医師たちは、彼は固形物は食べられないと言った。でも彼は手術の二時間後にはスープに入った野菜を食べていた。医師たちは、彼は大便を排泄することも出来ないと言った。でも彼はトイレに行きたいって言ったのよ。私は彼のことをこう呼び始めたの。“ミラクルマン”ってね。だけど医師たちは言った。彼は二度とかつてのようには歩けないし、ボクシングも出来ないって」

ダニーは何度も何度も嘆いた。「なぜ僕なんだ? なぜ今なんだ?」将来への不安にかき乱され孤独に苦しんだ夜もあった。それでもなお、リングに戻りたいという意思が彼を突き動かした。

 

ダニーの回復は驚異的だった。とうとう彼はボクサーとしての復帰の舞台を掴む。2012年10月5日、ダニーは記者会見の舞台の上で言葉をつまらせた。

「僕はずっとベッドの上に横たわってリングを恋しがっていた。ボクシングを、そのすべてを恋しがっていた。そして記者会見でナタリーの名前が出た時、僕は打ちのめされた。彼女が僕にしてくれたことを思い出した――僕に食事を与えてくれたこと、僕をバスルームに連れて行ってくれたこと。全ては覚えていない。なぜならあまりにも多すぎるからだ。僕は彼女にこう言った。『君もガンと戦ったんだよ』と。彼女なしに僕はここにいない。彼女は僕のスーパーウーマンなんだ」

 

ダニーの背中には5インチ(約13センチ)の手術跡が残っている。彼はそれをタトゥーで覆い隠そうとも思ったが、結局はやめた。なぜならそれは彼の戦いの傷跡だから。彼の帰還を世界に示す勲章だから。

「僕は昔、偉大なボクサーになりたいとばかり思っていた。今は違うんだ。そりゃあ勝ちたいさ。だけど僕の得た経験が他の誰かの人生を変えることができたら、それは何より素晴らしいことなんだ」

 

2012年10月20日、ダニエル・ジェイコブスは19ヶ月ぶりの復帰戦をKOで飾った。

 試合中、彼はピンク色のシューズを履いていた。ピンクはガン患者支援のシンボルカラーだ。そして試合後の記者会見で彼は自分のニックネームをかつての”ゴールデンチャイルド”から”ミラクルマン”に変えると宣言した。「僕はガン患者達の顔になりたいんだ。僕のような経験を持つ若いアスリートは滅多にいないだろう。でもこれは誰にでも起こりうることなんだ」

また今後のボクシングキャリアについても語っている。「誰か特定の相手と戦いたいとは思わない。ただリングに戻れたということが嬉しいんだ。大好きなことをやっているということが嬉しいんだ。急いで上を目指したりはしないよ。まずは体のサビを落とさないといけないからね」

 

彼の行く末に何が待っているのか、まだ誰も知らない。彼が倒したのは一介のローカルファイターに過ぎず、世界の頂は遥かに遠く高い。だけどガンさえも乗り越えてみせた“ミラクルマン”には、今度こそ無限の可能性が広がっているはずだ。