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ボクオタによるボクオタのためのブログです

悪魔王子<プリンス>は継承されるか:イエメンよりの使者 キッド・ガラハドとカリド・ヤファイ

イエメン。アラビア半島の南岸に位置するこのイスラム国の名前をスポーツ界で耳にすることはかなり少ない。しかしこの国はある1人の、決して忘れることの出来ないボクサーを世に送り出した。“悪魔王子<プリンス>”ナジーム・ハメド。奇想天外なスタイルとパフォーマンスで一世を風靡したこの男は、生まれ育ちは英国ながらイエメン人の両親から生まれ祖国のスターとなったのだ。しかしハメドは道半ばにしてリングからフェードアウトし、彼以降イエメンからも中東のどの国からもプロボクシングのスタープレイヤーは現れていない。

だが今、二人の男が悪魔王子の跡を継ごうとレコードを伸ばしている。

 

プロキャリアで先行しているのはスーパーバンタム級キッド・ガラハドだ。13戦全勝6KO、すでにWBCインターナショナル王座も手にしている22歳の若武者は本名をAbdul Barry Awadといい、リングネームはエルビス・プレスリー主演の同名ボクシング映画から取っている。イエメン人の両親からカタールで生まれイギリスに移住した彼は、かつてハメドにそのスタイルを授けたブレンダン・イングルに教えを請うた。まさにハメドの後継者を名乗るにふさわしい環境を手に入れたわけだ。

KO率が5割を切っていることからもわかるように、彼にはハメドが持っていた強烈なパンチ力はない。しかし倒し方のコツを覚えたのか、ここ5試合では相手の質が上がっているにも関わらず4KOをマークしている。若さから見ても彼が英国レベルを大きく超えるのを見るのはそれほど先ではないかもしれない。


Kid Galahad vs ivan ruiz morote

 

もう一人の男はカリド・ヤファイ。北京五輪出場、EU選手権銀メダルなど、アマでの実績はこちらが上だ。二度目の五輪出場を逃し今年7月にプロデビューしたあと、早くも6勝5KOをマークしている。豊富なアマキャリアと確かなプロ適性故にイギリス最高のホープの1人とも目される23歳だ。

そのファイトスタイルは手数が非常に多く攻撃的で、特にボディーブローに必殺の威力がある。まだまだキャリアの初期段階で試されていない部分も多いが、技術的な水準はかなりのもの。期待の大きさもうなずける。


Kal Yafai vs Jorge Perez Coke

 

ガラハドとヤファイのボクシングには幾つかの共通項がある。両者とも決してハメドのコピースタイルではないということ。ワンパンチフィニッシャーではないが、攻撃的で自ら攻めて行くタイプであるということ。動きが滑らかで淀みなく連打が出るということ。ハメドも合わせて考えると、イエメン人は体の柔らかさとバネに特徴があるのかもしれない。

 

それにしてもイギリスにおける移民ボクサーの活況には驚かされる。それもそのはず、最新の国勢調査において首都ロンドンにおける英国白人の比率はなんと45%にすぎず、10年前の58%から激減していることが明らかになったのだ。イングランドとウェールズ全域でも英国白人の比率は10年前の87%から80%に落ち込んでいる。なるほどリングの中においても移民の星が増えていくのは必然なわけだ。そのうちアジア系のスターボクサーが近代ボクシング発祥の地から生まれるかもしれない。

 

ありがとうパッキャオ、ありがとうマルケス

衝撃の瞬間だった。一瞬何が起こったのか全くわからなかった。ダウンの応酬、マルケスが後退しパッキャオが追う、6ラウンド終了間際。世界の誰も予想していなった、いや恐らくただ一人ファン・マヌエル・マルケスだけは確信していた一撃。

マニー・パッキャオが敗れた。

 

今更パッキャオとマルケスのキャリアについてだらだらと語ることなど何もない。一人は東洋の島国フィリピンから体一つでボクシングの本場に殴りこみ、立ち塞がるあらゆる強敵を倒し続けた。東洋人は軽量級でしか通用しないという常識を破壊しこのビジネスの流れそのものを変えてみせた。一人はボクシング王国メキシコの歴史と伝統を背負い、クラシカルなスタイルを磨き続け老いてなお名声を高めてきた。

新たな時代を切り開いた男と伝統を更なる高みに導いた男。好対照にして宿命のライバルにして偉大なる二人の四度に渡る死闘を僕らは目撃することができた。いちファンとしてこれ以上の喜びがあるだろうか?

 

でも今僕の胸の内にあるのは純粋な満足感や興奮ではなく、ぽっかりとした虚脱感だ。「パッキャオ時代」という一つの時代が終わったという哀しみ。どんな敗北を喫しようともパックマンの栄光あるキャリアが色あせることはない。ボクシングの歴史ある限りマニー・パッキャオの伝説は語り継がれる。だけど今日、たしかに一つの時代が終わったのだ。先週世代交代の季節だという記事を書いたばかりだというのに、今度はパッキャオだ! なんという一年だ!

もちろんパッキャオの実力がすっかり枯れてしまったというわけではない。まだまだ第一線でやっていけるだけの力はある。だが少なくとも、「生ける伝説」としてのキャリアは終わった。この先に待っているのは「人間」パッキャオのパーソナルな戦いだ。

今後のことは何もわからないが、一つはっきりしていることはパッキャオは敗戦の直後に現役続行を断言したということだ。そしてマルケスも現役続行の意思を示している。あるいは五戦目もあるのかもしれないが、無論簡単に決まるような話ではない。

 

今僕に出来る事はこうして感謝の意を表明することぐらいだ。ボクサーはいつだって命がけでリングに上がる。僕らは彼らがお互いを傷つけ合うのを見て楽しむ、ある意味では最低の人種だ。だから僕らは彼らに対する敬意と感謝を忘れてはいけない。

ありがとうパッキャオ、ありがとうマルケス。

ありがとうボクシング。

 

Seriously. Greatest. Sport. Ever.

亀田興毅、大阪マラソンを完走!

亀田興毅が力走の末に一足早いクリスマスプレゼントを受け取った。前半をほぼサークリングに費やした亀田は、ラスト2ラウンドでようやく見栄えのいい連打をまとめてポイントを奪うが時すでに遅し。ラウンドマスト制において敗北は明らか……と思われたものの、ジャッジ二人の支持を受けスプリットデシジョンにて勝利。多くのボクオタの溜息を勝ち取ってみせた。

試合全体は(予想通り)極めて低調。追い足に欠けるルイスは先日の大阪マラソンと会場を間違えたかのようなランナー亀田を前に自慢の強打を炸裂させることが出来ず、お互いまともなクリーンヒットのないラウンドがいくつもあった。そんな中亀田のバッティングが実に効果的な場面もあり、結構露骨なそれをレフェリーはスルー。ルイスが強く出ていけなかった理由の一つとしてバッティング戦術があったことは間違いない。時々単発で良いヒットを奪ったルイスだが終盤になって何故か自分が失速。最後の(そして最初の)打ち合いで連打を浴び鼻血まみれとなって試合終了のゴングを聞いた。それでもルイスがセーフティリードを守ったというのが大方の見方だったはずだが、WBAのジャッジセレクトは万全だった。

 

「亀田史上最強の敵」に勝利した亀田だが、前途は相変わらず多難だ。今後も絶妙なマッチメイクとハートフルなジャッジを駆使しなければ勝ち続けることは困難だろう。一応次はモレノとやるように指令が出ているはずだが、なにせWBAのことなので当てになるものではない。

仮にモレノ戦が実現したとすれば更にハイレベルなマラソンが見れるかもしれない。試合はモレノが手数、ヒット数、ダメージ、リングジェネラルシップで圧倒するも亀田の軽やかな走りが評価され僅差の判定をモノにするだろう。

コットの無念、世代交代の季節

ニューヨーク、マディソン・スクエア・ガーデンで行われたWBAスーパーウェルター級タイトルマッチは、王者オースティン・トラウトが挑戦者ミゲール・コットを大差の判定で下した。試合全体の印象に比べて採点はいささか開きすぎていたとはいえ、序盤の出遅れに終盤の失速を伴ったコットの敗北に異論の余地はない。判定が下った直後、インタビューにもほとんど応じず足早に去って行ったコットの表情からは無念が溢れていた。

敗因は一つではない。体格差は明白だったし、トラウトのやりにくさ、ずる賢さはコット陣営の想像以上だったろう。しかしそれ以上に歴戦の雄コットに衰えがあったことは間違いない。相手のパンチに対する反応、耐久力、背中まで貫通すると恐れられたボディブローの効果、下半身の安定とバランス、そして何よりスタミナにははっきりとした衰えが見られた。トラウトの決して強くないパンチで顔面が腫れ上がってしまったように、昔から弱点とされてきた皮膚の弱さもますます顕著だった。

つまるところこのプエルトリコのスーパースターにもキャリアの晩秋が訪れたということだ。今後彼がグローブを吊るすのか戦い続けるのかはわからないが、もはや世界の真のトップ戦線に戻ることはないだろう。

 

今年はコットだけでなく、多くの偉大なファイターに世代交代の波が襲った年だった。モズリー、マルガリート、ウィンキーライトが数日の間に一気に引退し、モラレスがあと一戦でのリタイアを公言した。日本の誇り西岡利晃は全てを賭けたドネア戦に敗れ決断を下した。ポンサクレックが、カルデロンが、モレルが限界を悟った。ハットンは三年ぶりの復帰戦に敗れ二度目の引退を発表した。細かいところではキンタナやコテルニクもリングを去った。ビタリは敗れていないが、引退するかどうかのライン上にいる。

引退した選手達だけではない。現役最高のスーパースターパッキャオが七年ぶりに敗戦を喫した。スピンクスがいいところなくKOされた。さしものホプキンスすらも限界を感じさせた。モンティエルはもう辛そうだ。ラクマンやベイリーやマルケス弟も強く引退を勧められるまでになった。マラビジャことマルチネスもチャベス戦で満身創痍の負傷を負い、次の試合で今までのようなパフォーマンスを維持できる保証はどこにもない。グスマンの無敗ロードは昨日終わった。

 

どんな時代も必ず終わる。どんな名選手も最後は老いに敗れる。好きなファイターの黄昏を見ることはいつだって悲しい。ファンに出来ることは感謝することと記憶や記録を残すことぐらいだ。

そしてまた新しい時代がやってくる。

世界のTwitterから ~ボクシング界が見た大統領選~

アメリカ合衆国大統領選挙は、苦戦を予想された現職のバラク・オバマ氏がなんだかんだで明白な差をつけて勝利した。四年に一度のこの選挙、アメリカ人にとっては自分たちの将来を左右する大きな政治イベントであると同時に国中がなんだかハイテンションになるお祭りシーズンでもある。そこでボクシング界から大統領選に絡んだツイートを幾つかピックアップしてみた。

 

マイク・タイソン

「必ず投票してくれ。そして自分が信じる物のために立ち上がってくれ。俺達の先祖は俺達のために戦った。その事を真剣に受け止めて欲しい」

「投票日にはお前の声を聞かせてやるんだ」

 

フレディー・ローチ

「投票用紙にはマニー・パッキャオって書いたよ。彼が勝ったらもっと長くアメリカにいてくれるからね!」

 

エディ・チェンバース

「今日は投票日だ……。オバマに投票しろ!」

 

ボブ・アラム(偽者)

「チャベスJr.は高地トレーニングのためコロラド州にトレーニングキャンプを移すことに決定した」

(※訳注 大統領選と同時にコロラド州で行われた州民投票により、同州でマリファナが合法化されることが決まった)

 

マックス・ケラーマン(HBO実況アナウンサー)

「オバマとロムニーのディベート三連戦のスコアは、初戦118-110でロムニー、残りの二戦は116-112でオバマだね」

 

ダグラス・フィッシャー(Ring誌記者)

「もし僕がボクシング界の大統領を選ぶなら日本の帝拳プロモーションのボスであるMr.ホンダだね。彼のスローガンは『ドラマは不要』だ」

「ホンダは誰とでもうまく付き合うんだ。他のプロモーター、マネージャー、コミッション、そして認定団体ともね。だから彼が大統領にふさわしい」

 

スティーブ・キム(Maxboxing.com記者)

「今日の選挙でどちらが勝とうと、党派を超えた協力が必要だ。民主党と共和党の? 違う違う。トップランクとGBPのだよ……」

「私が当選したら、GBP興行のチケットを値下げすること、トップランク興行のアンダーカードを充実させること、そして(プロモーターが宣伝文句に使う名ばかりの)『重要な試合』を廃止することを公約します!」

 

ダン・ラファエル(ESPN記者)

「ロムニーに敬意を払おう。彼は敗北宣言の中でつま先の負傷について言い訳をしていない」

「オバマの勝利者インタビューが始まったが、まだクリチコと戦いたいとは言っていない」

マニー・スチュワードの遺産:トニー・ハリソン

エマニュエル・スチュワード。この名伯楽の残した数々の功績はボクシングの歴史が続く限り永遠に語り継がれるであろう。ハーンズ、レノルイ、ウラジミール……彼が導いた偉大な王者は枚挙に暇がない。あるいはデラホーヤやコットのようにキャリアの転換期に彼の助けを得た名王者も数知れない。同時に彼はその優れた人格と広い人脈、多様な活動によってボクシングの大使とも称された。10月25日、68歳という若さで彼がこの世を去った時、世界中のこのスポーツを愛する人々が悲しみにくれるとともに感謝と哀悼の意を表明した。僕からも心より冥福を祈りたい。

(スチュワードの訃報記事に関してはGo'kunさんのブログで素晴らしくまとまっているのでぜひご覧になって下さい。)

 

さて、スチュワードは多くの若者をこの世界に導いてきたわけだが、今その遺志を継ぐ原石はいるのだろうか? ウラジミールの引退は近い。彼はもはや押しも押されぬ偉大なファイターであり、逆に言えばここからさらに名声を上積みすることは難しい。アンディ・リーは一流のコンテンダーだが、スター選手になるにはどうしてもタレントが不足しているように見える。世界を驚かせる「スチュワードの申し子」はもういないのか? 

いる。まだ若く、経験不足で実績も何もないが、疑う余地のない素材が確かにいる。

トニー・ハリソンスーパーウェルター級

デトロイトはクロンクジムの、22歳になったばかりの若者だ。華々しいアマ戦績があるわけではなく、プロでも10戦をこなしただけにすぎない。まだどうこう言うには早すぎる段階だが、その素材は本物だ。由緒正しい「デトロイトスタイル」から繰り出されるフリッカージャブ、槍のように鋭く伸びのある打ち下ろしの右と芯に効かせる左フック、淀みのない連打とスピーディで躍動感のあるリズム。その身体能力はまさに天性のものだ。

ボクシングとの出会いはストリートファイトに明け暮れた中学時代。幾度と無く停学を食らったトニーに業を煮やした父親が彼をジムに放り込むという典型的な始まりだった。20歳の時デビュー戦のためドイツに渡り、兄弟子ウラジミールの防衛戦の前座に出場。更にその後二度欧州に渡りいずれもKO勝ちを得ている。アメリカ人ボクサーとしては非常に珍しいキャリアの積み方に、名匠スチュワードが彼にかけた期待の大きさが伺われるだろう。何しろ他にもクロンクジムには多くのボクサーがいるにもかかわらず、ウラジの防衛戦の度にその前座に呼び寄せられるのは彼だけだったのだ。

特にプロ五戦目となった今年三月の試合は圧巻だった。動画を貼っておくが、一ラウンド終盤のラッシュやフィニッシュの左は大きな見所だ。

 

 

着実に階段を登りつつある彼だが、課題も多い。まだまだ攻撃のパターンが単調だしディフェンスも甘い。スタミナの強化は必須だしあまり打たれ強そうにも見えない。その上こんなキャリアの初期に恩師スチュワードを失ってしまったことが影響を与えないわけもない。

この先はきっと険しい道が待っているだろうが、どうしても夢を見たくなってしまう。一撃の強打は神様のプレゼントと言われるが、彼はそれを持っているのだから。