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マニー・スチュワードの遺産:トニー・ハリソン

エマニュエル・スチュワード。この名伯楽の残した数々の功績はボクシングの歴史が続く限り永遠に語り継がれるであろう。ハーンズ、レノルイ、ウラジミール……彼が導いた偉大な王者は枚挙に暇がない。あるいはデラホーヤやコットのようにキャリアの転換期に彼の助けを得た名王者も数知れない。同時に彼はその優れた人格と広い人脈、多様な活動によってボクシングの大使とも称された。10月25日、68歳という若さで彼がこの世を去った時、世界中のこのスポーツを愛する人々が悲しみにくれるとともに感謝と哀悼の意を表明した。僕からも心より冥福を祈りたい。

(スチュワードの訃報記事に関してはGo'kunさんのブログで素晴らしくまとまっているのでぜひご覧になって下さい。)

 

さて、スチュワードは多くの若者をこの世界に導いてきたわけだが、今その遺志を継ぐ原石はいるのだろうか? ウラジミールの引退は近い。彼はもはや押しも押されぬ偉大なファイターであり、逆に言えばここからさらに名声を上積みすることは難しい。アンディ・リーは一流のコンテンダーだが、スター選手になるにはどうしてもタレントが不足しているように見える。世界を驚かせる「スチュワードの申し子」はもういないのか? 

いる。まだ若く、経験不足で実績も何もないが、疑う余地のない素材が確かにいる。

トニー・ハリソンスーパーウェルター級

デトロイトはクロンクジムの、22歳になったばかりの若者だ。華々しいアマ戦績があるわけではなく、プロでも10戦をこなしただけにすぎない。まだどうこう言うには早すぎる段階だが、その素材は本物だ。由緒正しい「デトロイトスタイル」から繰り出されるフリッカージャブ、槍のように鋭く伸びのある打ち下ろしの右と芯に効かせる左フック、淀みのない連打とスピーディで躍動感のあるリズム。その身体能力はまさに天性のものだ。

ボクシングとの出会いはストリートファイトに明け暮れた中学時代。幾度と無く停学を食らったトニーに業を煮やした父親が彼をジムに放り込むという典型的な始まりだった。20歳の時デビュー戦のためドイツに渡り、兄弟子ウラジミールの防衛戦の前座に出場。更にその後二度欧州に渡りいずれもKO勝ちを得ている。アメリカ人ボクサーとしては非常に珍しいキャリアの積み方に、名匠スチュワードが彼にかけた期待の大きさが伺われるだろう。何しろ他にもクロンクジムには多くのボクサーがいるにもかかわらず、ウラジの防衛戦の度にその前座に呼び寄せられるのは彼だけだったのだ。

特にプロ五戦目となった今年三月の試合は圧巻だった。動画を貼っておくが、一ラウンド終盤のラッシュやフィニッシュの左は大きな見所だ。

 

 

着実に階段を登りつつある彼だが、課題も多い。まだまだ攻撃のパターンが単調だしディフェンスも甘い。スタミナの強化は必須だしあまり打たれ強そうにも見えない。その上こんなキャリアの初期に恩師スチュワードを失ってしまったことが影響を与えないわけもない。

この先はきっと険しい道が待っているだろうが、どうしても夢を見たくなってしまう。一撃の強打は神様のプレゼントと言われるが、彼はそれを持っているのだから。