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五輪ボクシング総まとめPART4(判定編・前半)

まずはじめにはっきりさせておきたい。五輪判定がおかしいのは今に始まった話ではないロイ・ジョーンズの奪われた金メダルであまりにも有名なソウル五輪など一部の五輪に限った話でもない。ボクシングにおいて判定への疑義は競技の歴史そのものと同じだけ存在してきた。プロでもアマでも。

ではなぜ今回の五輪において判定に関する紛糾が特に目立ったのか。最も大きな理由はインターネットを通じて一回戦から世界中のファンが試合を観戦 し、同じくインターネット経由で判定への異論が噴出したからだ。これはボクシング以外の他競技にも見られた現象だ。従来のどの大会でも、あらゆる競技を逐 一全試合中継していたテレビ局などない。どの国でも自国選手の出る試合と一部メジャー競技の決勝を放送してハイおしまい、というのがテレビ局のなしうる限 界だった。

アテネ、北京の頃からネット観戦がメジャーになっていったが、今回いよいよその流れが決定的になった。その結果、従来であれば現場の関係者しか知り えなかったような予選段階の疑惑判定が大きくクローズアップされることになった。ジャッジの肩にのし掛かる負担は時代とともに大きく増加した。

もう一つ今回の五輪特有の原因は、大会前にBBCによってなされた報道にある。BBCによればアゼルバイジャンの協会からAIBAに900万USドルが支払われ見返りとして金2個の保証を得たのだという。AIBAは事実無根と反論し、現実にアゼルバイジャンは金メダルには届かなかった(銅2個)。現状この報道が事実だったと断じる根拠はないが、「ある試合」によってこの疑惑が日本でも有名になったことはご存知だろう。ただしアマボクに関して造詣の深いせりしゅんや氏は故意に操作された判定ではなかったと断じている。

 

さて、言うまでもなくどんな理屈も判定のおかしさを正当化したりはしない。これをいい機会と捉えてよりよいシステムを作っていく努力をしなければ競 技自体が見捨てられてしまうだろう。どんな判定がファンから批判されているのか。ファンの眼とジャッジの眼が乖離しているとすればそれはどんな時なのか。 それを解消するためにはどうすればいいのか。関係者は決して知らないふりは出来ないはずだ。

 

個々の判定についていちいち書いているときりがないのでWikipediaの当該項目にリンクを張っておく。英語だが、「とにかく色々あった」ということは理解できるはずだ。

 

さてそれではアマボク判定の何が問題なのか?

1.パンチの強さに関係なく1ポイント。ダウンでも1ポイント。

つまり強打を叩きつけても特に意味は無い。ただし普通のジャブのような特に軽いパンチはポイントにならない。ある閾値を超えた強さのヒットは全て1 ポイントになるわけだ。ダウンでも1ポイントというのは多くの人に理解不能なルールだろう。これではダウンを取る意味が無いどころか、相手に8カウント休 ませてしまうため単に損である。更にアマチュアではスタンディングダウンを採用しているので相手をガッツリ効かせるとその場でレフェリーが割って入ってカ ウントを取る。

まとめると、なるべく深いダメージを与えずそこそこの威力のパンチで延々叩き続けるのがポイントを取る最適解だということだ。なんだかつまらない上にKOするより危険なような。

 

2.ヒットがジャッジに見えないとポイントにならない

当たり前といえば当たり前だが、ヒット数を数える以上それがジャッジに見えなければおしまいである。高速コンビネーションの連続ヒットは多くの場合1ポイントでおしまいだ。インファイトもジャッジに見えにくいので多くのボクサーはインファイトそのものを避けようとする。結果、中間距離から単発でヒットを奪うのが最も効率的という結論に至る。

ただしロンドンではこの傾向はやや薄れている。採点の集計方法が変わったからだ。従来は5人のジャッジの内3人が同時に(一秒以内に)ボタンを押し た時のみにポイントが加算されたが、現行ルールでは各ジャッジの採点をラウンドごとに平均し(ただし中間値の三人のみ)ポイントを決定している。これに よって以前に比べれば連打やインファイトが点を稼ぎやすくなった。村田の躍進が新ルールが採用された去年から始まっているのは偶然ではない。

 

3.アマチュアもまたプロのように汚染されている?

プロボクシングが決してクリーンなスポーツでないことは誰もが知る問題だ。地元判定、スター優遇、大プロモーターのエゴ、濫造されるナントカ王座……。より堅実に運営されているアマチュアのほうが信頼出来るという声が出るのは当然だが、果たして本当にそうなのか?

実はAIBAの運営は決して評判のいいものではない。今回のアゼルバイジャン疑惑にかぎらず汚職や不正は後を絶たない。現在のウー会長は不正根絶と組織浄化を御旗に掲げているが、裏を返せばそうした声が必要なほど色々あるということだ。各国のアマ協会にも様々な批判がある。日本では「日大判定」はあまりにも有名だ。

今回の五輪判定を象徴する清水聡vsマゴメド・アブドゥラミドフ戦。勝ち名乗りを受けたマゴメドが渦中のアゼルバイジャン人であったこと、レフェリーが同じ旧ソ連の イスラム国、いわば兄弟分のトルクメニスタン人であったことが大きな紛糾の原因となった。疑惑の真相はもはやわからないが、背景を究明しようとする姿勢を 見せず判定覆しとレフェリーの五輪出場停止だけでお茶を濁したAIBAに全力で信頼を得ようという意志は感じられない。

 

4.リベンジする機会がない

1と2の問題はルールを変えれば修正可能、3はAIBAが頑張ればどうにかなるかもしれないが、こちらはアマボクがアマボクである限り永遠について 回る問題だ。すなわち五輪という最大の舞台で不幸にも勝利を奪われてしまったボクサーはどうやってその損失を取り戻せばいいのか?

五輪は4年に一度しか訪れない。だからこそ価値がある。それは正しい。「タイトルが分裂しているプロよりもアマのほうが……」という意見には重みが ある。ただしどんなシステムにもそれによって犠牲となる者は生まれる。この先どんな制度を採用しようともこの世に完璧な判定システムは存在し得ない。奪わ れた敗者は奪われたものを取り戻す機会を渇望する。

プロならば少なくとも再戦ができる(かもしれない)。そうでなくともメディアに不当な敗者だと持ち上げられ露出が増え商品価値が上がってファイトマ ネーが増える。幸運にもリマッチに勝利すれば評価と人気は更に上がるだろう。ではアマボクサーには何ができるのか? 協会に抗議する。以上、おしまい。4 年経ったらまた来てね。ボクサーがピークを保てる期間の短さを思えばこれは少々残酷すぎるが、他に手はない。「4年に一度だから価値がある」ということと 「不当な負けによる損失を可及的速やかに取り戻せる」ことは両立しない。そうである以上グレーな判定そのものを根絶しなければならないが、残念ながらそれは犯罪のな い世界を望むようなものだ。そこに向けて努力することは必要でも、永遠に達成されることはないユートピアだ。

なぜグレー判定は取り除けないのか。判定決着そのものがグレー決着だからだ。格闘技の完全な決着はKO以外に存在しない。そこに辿りつけなかったボクサーはある意味どっちも負けているのだ。だからといって競技への信頼を失わせるような判定は決して放置できない。

五輪の判定問題は今後も永久について回るだろう。ボクシング本来の決着がKOであり判定は曖昧な妥協にすぎないという事実と、選手にとって4年に一度の五輪の重みがあまりに大きいという事実は本来水と油なのだから。

 

 

後半では五輪判定に対する各所の反応と、AIBAが進めようとしているルール改革について書きます。